用水路のある光景
|Scene:大丸用水(多摩川水系・右岸)

「大丸用水」:所在は東京都稲城市一帯、多摩川右岸にあたります。古くは八ヶ村組合用水と言い、徳川初期に開削されたと考えられていますが、はっきりしたことはわかっていません。もともとあった様々な用水が、1660年の大水害による多摩川流路変更に際して統合されたものと考えられています。現在の用途は農業/防火用水。管理は大丸用水土地改良区。
大丸用水上流端付近の地図

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大丸頭首工堰堤

■大丸用水の取水は従来は竹蛇篭などによる仮堰に依っていたのだけれど、度重なる河床低下と水害より安定した取水が危うくなり、昭和34年に現在の川を完全に横断する。頭首工が建設されました。総経費1億2000万円。公費8土地改良区2による負担。写真は頭首工の左岸側。バックに映っているのはゴミ処理場。

大丸用水南多摩駅付近

■稲城市によって大丸用水はかなり観光化されていますが、始まりのこの辺りはいかにも用水路してます。

大丸用水小さな水道橋

■たんぼもずいぶん減っているのですが、面白いことにかなりの系列の小分水が残っています。それらは水道橋などで複雑に系統化されています。

大丸用水本流の大きな分水

■写真右手は遊歩道になっていて、また流路の至るところに親水公園が設けられています。水の勢いも悪くはないのですが、水質はさすがにいまいち。周囲は新興の住宅地が押し寄せてきていて、かなり細かく残る大丸用水は不思議な存在感を持っています。これも川崎市域にはいると完全に排水路扱いになるのですが。

軒裏を流れる大丸用水

■こういう小さな分水にも水門があったりして、水もしっかり流れていました。U字溝も水が張っていて、往時を偲ばせています。

神さまの隣を過ぎて

■そういえば多摩地区一帯における用水路の生き残り、というのはかなり頭の痛い問題だと聞いています。一部はすでに排水路/下水路化が進んでおり(あるいはそういう意味で生き残っており)、一部は埋め立てが今でも進んでいます。ほとんどの地域ではその設備は巨大に過ぎ、使い道のないデッドスペースになっている。当然ながら宅地には不要で、けれど水路そのものは住環境の印象をずいぶん好くする。稲城も開発がすすむ市ですが、農業もあり、広域区画整理も完成していない現状では、過去に対する敬意を払うというのは現実的な対処なのでしょう。今後、用水路の施設が手に余ってきたときにどうなるかどうかは僕には何とも言えませんが、この路線を維持してくれると嬉しいなとは思います。それにしても用水路というのは、隙間産業的でありながら、ひどくその場所の現実を映す、とも思いました。

■最後の写真のすぐそばには、もう多摩川の堤防が近づいています。幾多の水害を越え、願いをこめて作られたであろう神社の脇を、流路を細くした大丸用水が過ぎていきます。この後、大丸用水は三沢川と二ヶ領用水に注ぎます。

■「用水路のある光景[Scene]〜大丸用水」

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