用水路のある光景
|Scene[Ex]:程久保川(多摩川水系・右岸)

「程久保川」:東京都日野市程久保に始まり、多摩動物公園や高幡不動尊の目の前を経由して多摩川へ注ぐ、総延長4kmほどの、多摩川水系右岸側の支流です。古い名前を「谷戸川」と言い、湧水に端を発し、河岸段丘を穿って里山に谷を形成している、谷戸や谷津と言われる典型的な農村風景を作り上げた川でもありました。日野市南部の重要な農業用水源であったことはもちろん、以前は向島用水や高幡用水、落川用水などと連携した利水が行われていました。現在は急激な都市化に伴い、街を通り過ぎる主に雨水排水機能を期待された小川として流れています。下水道普及も進んでいるせいか、水質は思ったよりきれいです。

■ところで、程久保川の戦後史は、東京都多摩動物公園と密接な関わりがあります。そもそもこの動物公園の計画は戦前から始まっていました。上野動物園の混雑解消と動物研究施設としての充実を目的とした第二動物公園構想がそれです。第二次大戦で一時中断したのですが、新宿区の旧陸軍跡地を予定地に“新宿動物公園”計画として具体化が始まりました。しかし都心部の住宅供給不足からGHQ命令によって撤回。東京都が代替地を探していたところ、当時の南多摩郡七生村と京王帝都電鉄の合名による十万坪以上の丘陵地の寄付の申し出があり、いろいろ審査を経て、計画は仮称を“七生村動物園”としてスタートしました。

■動物園は昭和31年に建設が始まり、同33年にオープンします。七生村村報によると昭和26年にはすでに誘致計画が大きく進んでいたようです。戦後まもなく、動物園を誘致するというのがどういう意味を持っていたのか、今となってはわかりません。ただ動物園の開園を会わせるように、昭和30年代に入って多摩地域一帯で強力な開発が始まります。同時期に「多摩テック(ゴーカートやプールを主とした遊園地)」もオープン。また、このあたりには戦前、「鮫綾原(釣り堀を中心とした遊園地)」や「多摩カントリークラブ」などの娯楽場が多くあったことを付記しておきます。

程久保川上流端付近の地図(Mapion)
程久保川合流点付近の地図(Mapion)

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程久保川・源流付近

■程久保川の源流は、現在の多摩テックがあるあたりの湧水であるようです。写真中央上部の木々の影に水の流れが来ています。正面の分水嶺となっている小さな丘のすぐ向こうには、多摩カントリークラブの跡地を大きく利用した平山団地が広がっています。

程久保川・田園風景

■往時には十数カ所の取水施設をもったという程久保川ですが、現在では写真のように谷戸田の構造を残した光景となっています。たんぼはほとんどなく、畑作と梅などの栽培が多いです。市街化調整区域などの兼ね合いからか住居はあまり建ちませんが、多摩動物公園や周囲の中央大学や明星大学がらみの駐車場が増えてきました。

程久保川・渓流

■川自体に注目してみれば、多摩動物公園までは渓流めいた風情を残しています。家庭排水が流れ込んでいないせいか、水はきれいです。

程久保川・多摩動物公園前

■上の写真は多摩都市モノレール線多摩動物公園駅と、動物園の入り口前の光景です。写真左手にある京王動物園線の駅の下を程久保川は百メートルくらいの暗渠区間でくぐり抜けます。

程久保川・中流付近

■写真はモノレールの程久保駅に近いあたりですが、このへんから急激に都市化が始まり、周辺の山は急傾斜部を除いて住宅で埋め尽くされるようになります。たんぼが消失し山野が切り開かれることは、その善し悪しに関わらず、土地そのものの洪水調節機能を著しく低下させ、出水時に大量の水が低地に集中することを意味します。実際、何度か浸水被害もあったらしく、現在は程久保川は流路を完全に直線化され、排水路機能のために深く浚渫された河道を流れるようになりました。川の脇は公園化され、これは河口部まで続きます。

程久保川・鴨と

■写真は京王線高幡不動駅にほど近いあたりですが、鴨の親子がのんびりと泳いでいました。少しずつ洗剤とおぼしき泡が目立つようになってきていますが、悪臭がするほどではありません。ちなみにこのあたりはなぜか渡り鳥の経由地になっていて、シーズンによっては、鴨を始め様々な鳥が大きな編隊を組んでいるのを見ることができます。

程久保川・高幡不動を望む

■高幡用水の排水口付近から、高幡不動尊を望んだ景色です。右手には高幡用水の余水が落川用水などに送られるための暗渠が埋まっています。以前はこのあたりで川に水を落としたりしてやりとりしていたのかも知れません。

程久保川・多摩川と合流

■最後の写真は多摩川との合流点付近です。向こうに見えるのは、先年できたばかりの府中四谷橋。左手すみの草むらは、浅川とあわせてワンド形成されてできた緑地です。洪水抑止(堤防への水圧緩和)と水質浄化をねらって行われた人工的なワンド(三日月湖)は功を奏し、なかなか評判もいいようです。

■多摩動物公園開園と同時代の事件として、東京オリンピックや多摩ニュータウンの計画開始などがあげられます。昭和30年代の10年間で、多摩動物公園が属する日野市の人口も三倍増しました。それを誘致した人々の思いと関わってか、関わらずか、その事件は一つの転機となり、古くから周囲の村々を支えていたこの川の姿も大きく変えていきました。それは「時代の象徴」というような大げさなものではないでしょうが、やはり街に流れる一つの存在として、確かにあり続けていたことを意味しているのでしょう。

■「用水路のある光景[SceneEx]〜程久保川」

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|参考文献

|関連コンテンツ

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